中央自動車道の笹子トンネルで天井材が崩落する事故が起きた。
とんでもないことである。誰にでも襲いかかる可能性のある災害だ。

このトンネルは完成後37年を経過する。
昨年事故が起きた福島第一原子力発電所の発電機もおおむね同じような年数を経過している。

現在、国内にあるあらゆる工作物は、高度経済成長の果実として造られたものではないだろうか。
成長期に手に入れた先端技術を用いて造られたものが、30年以上の年数を経過して劣化していく。
いつまでも安全で確実なものなど、人間が作った物にはあるはずが無い。

想定外・・・と、昨年あの時ずいぶんと言われたものだが、想像もしない予想もしないから想定外という言葉が使われる。
今回の事故もそのように言うのだろうか、9月の点検では異状は認められなかったというが、どうせ碌な点検はしてないはずだ。
何故なら、どんなものにも安全神話というものがある。「多分大丈夫!」という考えは誰もが持ちたがる。

だが現実は、個人のそんな願望とはまったく無関係に、性能低下したものはそのような結果をもたらすし、もともと強度不足のもの、やはりそのような結果となる。

ここで今一度考えてみたい。
今日も、2件のエレベーター事故によって二人の方が亡くなっている。
まさかと思うことが現実に起こるのが人間が造った物だ。

常に予想外のことが起こる。
人間が生み出した技術などあてにはならないものなのだ。
そのように疑念を持つことから改めて始める必要がありそうだ。